受験、自分の力を発揮させるために

2018年、みなさんはどのように新年を迎えられましたか。
登山家の田部井淳子さんは、亡くなる間際まで、被災地の高校生を富士山に登らせるという活動を続けていらっしゃいました。「一歩一歩進めば、必ず頂上に着く。」という田部井さんの言葉に勇気づけられ、これまで何人もの高校生が富士山の登頂を成し遂げたとそうです。そしてその後の人生に続く大きな自信につなげることができたといいます。

その田部井さんの著書『それでもわたしは山に登る』(文春文庫)に、次のような一節があります。天山山脈トムール峰の山頂を目指しているときに雪崩に巻き込まれ、メンバー全員の命は助かったものの、雪崩の危険が迫る中をベースキャンプまで降りなければいけないという場面です。

皆、顔面蒼白で震えているのだ。ここを乗り越えるまで、励まさなければ。焦ってはいけない。落ち着け。皆がパニックになっている時こそ冷静になれ、と自分に言い聞かせる。(中略)グループを作り、ロープを出して下りよう。気が動転している時は体が動かなくなっている。なんでもない幅のクレバスも越えられないかもしれないから。

受験とは程遠いことのようですが、私はこの一節を読んだ時、不安というものの姿を目の当たりにしたような気がしました。

例えば「こころのスキルアップ教育」の授業の中で、「不安は警報(アラーム)なのですよ。」と説明することがあります。不安を感じた時には、具体的な対策が必要だと受けとめて備えをするのです。

上記の場面では、田部井さんは、「再び雪崩が起こるかもしれない。」というメンバーの不安な気持ちを察知し、そこからおこる危険を予測し、グループをつくりロープを出して降りるという対策をとったのです。なぜなら、不安が強すぎると体が動かなくなり、問題に気を取られて周囲が見えなくなって、普段であれば難なくできることさえできなくなる状況が起こるからです。田部井さんはそのことをよく理解しているので、一人で歩くのは危険だと判断して対策を講じ、そのおかげで全員揃って下山することができたのです。つまり、メンバーの不安と田部井さんの不安が、危険を回避する行動を促し、メンバーの生命を守ったとも言えるように思うのです。

子どもたちは受験期、様々な形で不安を訴えてきます。その時、不安に対する関わり方を先生方が身につけていることで、子どもたちが本来持つ力を引き出すことができるかもしれません。それを説明する方法をもっているのが認知行動療法だと言えます。事例をもとに説明したいと思います。

[事例]
中学3年生の春子さんは、昼休みに職員室の前の廊下を通ったとき、引退するまで部活動でお世話になった顧問のT男先生と会いました。
先生は春子さんに、どこの高校を受験するつもりなのかと尋ねてきました。春子さんはS高校とO高校を受験するつもりだと答えました。すると先生はとても驚いた顔で「本当にそれでいいのか?」「よく考えたのか?」と繰り返し、先の先まで聞いてくるのでした。
春子さんは先生と別れてから、自分の選択はこれでいいのだろうかとだんだん不安な気持ちになってくるのでした。

受験生に不安はつきものです。私は勤務校で、高校3年生が他大受験をするのか、親大学に進学をするのか、親大学ならどの学部にするのかという決断をしなければならないときに、「こころのスキルアップ教育」《「できごと」「考え」「気分」を」つかまえる》の授業を行い、その効果を実感しました。

子どもたちは「進路」という課題を乗り越えていかなければならないとき、多かれ少なかれ不安を感じます。その多くが、周囲からの様々な情報によるものです。授業では、気持ちが揺れて不安を感じたときに、立ち止まって自分の気持ちを整理する方法を教えていきます。自分の悲観的な「考え」を見直すことで、不安な気分が軽くなることを体験的に学ぶようにしていくのです。
(『こころのスキルアップ教育の理論と実践』授業指導案参照)

春子さんには、T男先生の言葉を聞いた瞬間に「私は誤った選択をしているのかもしれない。」というマイナスの考えが浮かんだのです。これは春子さんに限ったことではありません。私たちは自分の身を守ろうとするために、最初に浮かぶ考えがマイナスの考えであることが多いのです。そのため行き過ぎた悲観的な考えに捉われ、不安な気持ちに苦しむような事態も起きてきます。そうした自分の考えを、現実に合わせたものに見直すためには、まず「できごと」「考え」「気分」に分けて図①のように書き出すことで整理をしていきます。

図①

できごと 今日職員室前でT男先生に会った。どの高校を受験するかと聞かれてS高校とO高校と答えたら、先生に「本当にそれでいいのか。」「よく考えたのか。」と何度も聞かれた。
考え 自分がS高とO高を受けるのは間違っているのだろうか。考えが甘いのだろうか。もっと調べて他の高校も考えた方がよいのだろうか。
気分 不安

その後、春子さんが記入した「見直した考え」を見てみましょう。

見直した考え(適応的思考) 確かに、もっと探してみたらよい高校があるのかもしれない。でも、中学2年生のときに高校見学に行って、将来の夢や大学の学部なども考えて、親とも話し合った結果ようやく決めた高校だ。これまで、よくよく考えて自分が決めた高校だ。だからやっぱりこの高校を受験して、合格できるように頑張ろう!

事例において春子さんは、自分の過去から情報を集め直すことで、大切な自分の進路決定の理由を再確認することができたのです。そしてまた、春子さんが書くことで気持ちを整理し、受験への意欲につなぐことができたのは、下の図の学びがあったからとも言えます。

図②は、私たちの気分や行動は、そのときこころの中に浮かんだ「考え」に影響されることを説明しています。これは認知行動療法の基本的な考え方です。私たちは「気持ち」を直接操作する方法をもっていません。でも、「行動」や「考え」は少し意識すれば変えることができるのです。

そして、物事がうまくいかないときは情報不足であることが多いので、他に見落としている事実がないか、他の「考え」がないか情報を集めていくのです。すると別の事実も見えてきて、少し気分が楽になったりするのです。

私は約半年の間、授業でこの図を繰り返し生徒に見せ、いろいろな方向から説明をしていきました。この学びの価値を生徒もよく感じ取ってくれて、学校生活の中で子どもたちの行動に常に効果が見られました。そしてしだいに、この授業を受けていない他の生徒に対しても、この図を説明している姿が見られるようになりました。

そして授業では、このタイミングでヤーキーズドットソン曲線(図③)についても説明をします。なぜなら、上記のような方法を試みても不安やストレスが全てなくなるわけではないからです。また、ストレスのプラスの役割を知り、ストレスをどのように捉えるかということで気分や行動も変わってくる部分があるのです。

ストレスがないとパフォーマンスは上がらない。高すぎてもよくない。ほどほどのストレスがあると力が発揮できるということを話します。不安(ストレス)は必ずしも悪者ではないということを子どもたちと確認するのです。いわゆる心理教育と体験的な授業を併用していくと効果が上がるように思います。学年や時間によってバランスを調節しながら授業を行うとよいでしょう。

その他、リラクゼーションなどを取り入れ、説明を終えるのですが、それはまた改めてご紹介したいと思います。

今回の内容、「進路ガイダンス」などでいかがでしょうか。

◎指導の流れ(例)

    1. 図②を説明する。(可能であれば授業指導案1を行う。)
    2. 図①の表に気分が落ち込んだ場面を思い出して、分けて記入をすることで整理し、「考え」を見直す。
    3. 図③を説明する。

ヤーキーズドッドソン曲線とは
元々の実験はネズミを使って行われたもので、黒と白の目印を区別するのに失敗したときに流れる電気ショックの強さによって正答率が変化し、適度な強さのときに最も正答率が高くなる。『簡易型認知行動療法実践マニュアル

本稿掲載の図を授業でご使用になりたい方は、『。『簡易型認知行動療法実践マニュアル』大修館(大野裕・田中克俊)にあるパスワードを使って類似のスライドをダウンロードすることができます。わかりやすい説明もありますのでぜひご活用ください。

(専修大学附属高等学校 平澤千秋)