【連載】心のスキルアップ教育(10:最終回)認知行動療法創始者アーロン・T・ベックの思いに触れて

認知行動療法創始者アーロン・T・ベックの思いに触れて

この連載も10回目となりました。やや専門的な本ですが、『アーロン・T・ベック 認知療法の成立と展開』(※注1)をご紹介しながら、認知行動療法創始者アーロンベックの思いに触れて一区切りとさせていただきたいと思います。
この本は、認知行動療法関連の本の中でも私が気に入っている本の一冊です。この本を読むことでなるほどと腑に落ちることも少なくありません。例えば、『こころのスキルアップ教育』「できごと・考え・気分」の単元の「考え」にあたるもので「自動思考」というものがありますが、その自動思考の説明は次のように書かれています。

(自動思考は)それ自体が命を持っているかのように現れてくるのだ。
・・・それは、瞬時に浮かぶ筋の通った思考で、患者は何の疑いもなくその考えを受け入れていた。その思考が、患者の体験に一つ一つ注釈を付けていくのだった。(中略)(他の患者でも)それぞれが、治療セッション中に口に出さない考えを抱いていることがわかった。

小説の一部かと思われるような表現で自動思考が説明されています。「自動思考」の発見です。私たちは誰でもできごとが起きた時に、意識されない考えが生き物のように現れてきているのだというのです。そしてそれが気分や行動に影響を与えているのだというのです。な~るほど~です。何とか捕まえてみたいものです。そしてこの見方が、認知行動療法の基本的なものの見方であるとも言えます。意識せずに流れていることを意識してみるのです。日ごろ意識することなく自然に流れている「考え」や「行動」を立ちどまって意識することで、前に進む力につながるというのです。

現在教育の中では、多面的評価の一つとしてポートフォリオの導入が進んでいます。ポートフォリオについては以前触れましたが、ポートフォリオを書くということは、立ち止まって自分自身を見直すという行為です。私が所属する学年でも1年間取り組んできて、先日、そのふりかえりとして、生徒を対象にアンケートを行いました。その結果、「書くことで自分がやったことをしっかり理解できたし、今後何をするかを明確にできた。」「過去の自分より成長したなと思うことがあった。」「英検の目標を立てたことで、頑張って勉強しようと思えるようになった。」など、課題を明確にすることや立ち止まって行動や考えを見直すことで、主体性や自尊感情が育まれていることを確かめることができたように思います。自分から前へ進もうという気持ちがでてきているのです。
それに関連したことが、ベックの同僚であるルース・グリーンバーグ博士の言葉(注1参照)として次のように書かれています。

(他の心理療法と比較して)ベックには、自分でコントロールできる方法の方が、はるかによく思えたはずです。(中略)彼は患者が主体的に治療に関わるようになってほしいと心から望んでいました。

研究が進んだ現在では、自分でコントロールする方法の効果は実証され、同時に健康な人にも効果があるということがわかっています。さらに、ベックの考えは次のように(※注1)述べられています。

うつ病の人は失敗を求めているのではなく、自分自身についてや、自分が幸せになる力についてネガティブな見方をするために、現実を歪めているのだと解釈した。

つまり認知行動療法は「自分が幸せになる力」の存在を前提としてつくられているのです。人は誰でも幸せになることができるというメッセージが込められているとも言えると思います。そしてそのやり方を構造化したのが認知行動療法なのです。
私は高校生の時、河合隼雄さんの本に出会って、それを多読して気づきを得る中で、自分で自分の課題を乗り越えてきたようなところがあります。そして教師になり、教育カウンセリングに出会って、幅広く多様な心理療法について学んできました。そして今、認知行動療法に出会って、学校での使いやすさと効果を実感し、より多くの子どもたちにこのスキルを身につけてほしいと考えるようになりました。加えて、そのように考えるようになったもう一つの理由は、認知行動療法に根差している創始者ベックの思いが、教師の思いと同じものであると感じているからです。

これまでお読みいただいて、教育の側面から見た認知行動療法というものを、少しはご理解いただけたでしょうか。私はこれからの教育は認知を取り扱う教育であると思っています。そして私たち教師は、単に取り扱うだけでなく取り扱うことによって、答えのない問題に主体的・共同的に取り組み、問題解決をしていく力を子どもたちに身につけさせる必要があると思います。先生方に少しでも興味をもっていただき、学校生活の随所随所に取り入れてもらえるようになることを願っています。「こころのスキルアップ教育」は教育カウンセリングの育てるカウンセリングに他なりません。最後に、認知行動療法と学校教育の接点にについて、簡単な表にまとめましたのでご覧ください。これまでお読みいただき、ありがとうございました。

専修大学附属高等学校 平澤千秋

注1)創元社『アーロン・T・ベック 認知療法の成立と展開』(マジョリ―・E・ワイスハー著:大野裕監訳:岩坂彰・定延由紀訳)

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